大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)75号 判決 1980年10月16日

上告人

日清食品株式会社

右代表者代表取締役

安藤百福

右訴訟代理人

高野裕士

角田嘉宏

被上告人

井上美哉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高野裕士、同角田嘉宏の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することはできない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 本山亨 谷口正孝)

上告代理人高野裕士、同角田嘉宏の上告理由

第一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(意匠法第二条一項、第三条一項)の違背がある。

一、本件登録意匠は別紙意匠公報の通りであり、登録ならびに無効審判の経緯は原判決認定の通りである。

二、原判決理由の要旨

(一) 原判決の理由二の(三)1によれば「問題の部分はCUP及びNOODLEのローマ字を、中間調子の線条で囲むなり図案化した字体で、左右に重ね合わさるように二段に構成して、容器の正背面周側中央部に表わしたものである」とし、

(二) 同二の(三)2において「元来は文字であつても、模様化が進み、言語の伝達手段としての文字本来の機能を失つているとみられるものは、模様としてその創作性を認める余地があることはいうまでもない。しかし本件意匠における前記部分についてみるにCUP及びNOODLEはローマ字を読むための普通の配列方法で配列されており、カップ入りのヌードル(麺の一種)をあらわす商品名を、あたかも商標のように表示して、これを看る者をしてそのように読みとらせるものであり、かつ読みとることは十分可能とみられるから、いまだローマ字が模様に変化して文字本来の機能を失つているとはいえない。

したがつてこれを模様と認められる範囲のものとした審決の判断は誤りといわざるをえない」としている。

(三) そして同二の(三)3では「この誤つた判断を前提として本件意匠を意匠法第三条第一項柱書(ひいては第二条第一項)、第三号に該当しないとした審決の判断を正当として是認することができない」と結論づけている。

三、審決理由の要旨との対比

審決は「本件登録意匠は、その周側部に前記したように横縞状の帯状および文字などの図形が表わされており」として、本件登録意匠が意匠法第二条第一項に定める意匠の構成要素をもつて構成されていることを認定した上で、「しかも文字もその構成態様に創作があり、模様と認められる範囲のものである」としている。これに対して原判決は、右にみてきたように(一)「問題となる部分」は読みとり可能な、文字本来の機能を失つていない文字であると認められるとし、(二)意匠を構成するもののなかに、右のような文字があれば、もはや全体として意匠を構成しないとした。

四、原判決が法令適用を誤つた点

(一) 原判決は「問題となる部分」はかなり図案化された文字であると認定し、当該部分が文字として読みとり可能であることを理由に、この部分は意匠でなく文字であるという。

しかし、意匠法は意匠の創作を奨励する法律であり、たとえ文字であつてもそこに創作があれば法の保護から除外される理由はない。およそ広義に意匠というときは文字を除外する理由はなく、とくに創作された文字を登録制度によつて保護するのは、意匠法をおいて他に法律がない。商標法は文字を登録するが保護対象は業務上の信用であつて創作ではない。

なるほど意匠法第二条第一項は、積極的に文字が意匠の構成要素となることは明言していない。一般に文字は創作されるものでないと考えられるからであろうが創作があれば別論であつて模様の概念に含ませることは可能である。

かくて、文字と模様の限界は文字として読みとれるか否かにおかれるべきではなく、創作性におかれるべきである。すなわち、創作性が進んでも文字の機能がかならずしも失われるものとはかぎらない。

この点、「問題となる部分」について、審決が「文字も構成態様に創作があり、模様と認められる範囲」と認定したことは是認される。文字本来の機能が残つているものについても、模様としての創作性を認める余地を残した審決の「模様」に関する解釈は正当なものである。原判決は文字本来の機能が残つているものについては模様として認めないというように文字の模様としての創作性について、あまりにも狭い解釈をとつており、その点で意匠法第二条「意匠」についての法令解釈適用に誤りがあるといわなければならない。

(二) 次に、仮りに原判決のいうごとく「問題となる部分」が文字であつて、模様として認められないとしても本件登録意匠には他に意匠を構成するものがあり、全体として意匠を構成するかどうかを判断すべきである。そうであるにもかかわらず、原判決は文字を含むから意匠を構成しないとしているのみでその理由を明らかにしていない。ちなみに審決は、文字部分以外についても全体として「意匠」であるとの判断を示している。思うに、原判決は、文字は意志伝達のために万民に開放されておくべきであるから、文字を含んだ意匠を登録すれば、文字が有する意味、観念に独占権を付与した結果となり、望ましくないという考え方が背景にあるものと思われる。それは、文字が読みとれるかどうかを、模様の限界としたことからも、うかがい知ることができる。

しかし、意匠法は物品の美的造形を保護対象としているのであつて、意味、観念が保護対象にならないことは、意匠法第二条第一項から明らかであるから、文字を含んだものは意匠を構成しないとして、登録を排除しなければならない理由はない。

そしてまた、意匠登録制度は創作に対して独占権を付与するものであるから、たとえ創作のないものが含まれていても、そこには独占権が発生しないと解するのが妥当である(公知意匠を含んだ場合には、そのように取扱つているのではないだろうか)。

創作でない部分を一部に含む場合に、すべてが意匠を構成しなくなるとの取扱いは、市場で取引される物品の美的造形を保護しようとする意匠法の目的と遊離することになる。ちなみに市場で取引される物品(とくに包装用容器)には、文字が付されていることを通例とするからである。

創作のみられない単なる文字(例えば商品の説明字句)は意匠とかかわりがないから、これは削除して登録すべきであろう。

また、創作のない部分には独占権は発生しないのであるから万一削除せずして登録されても、意匠権の効力は左右されるものではない。まして、意匠登録制度には訂正審判制度がないのであるから、文字は右のごとく取扱われるべきである。

もし原判決のごとく解するなら、文字を含んで登録されている数多くの既登録意匠の意匠権の法的安定性を著しく害するものである。

以上の次第で、仮りに一部に文字など模様と認められないものがあつても、その他の部分に創作性のある模様等があれば、それを全体として意匠となるかどうかを判断すべきである。それにもかかわらず、単に構成要素に模様化されない文字があるという理由のみで、右の判断をしなかつた原判決は「意匠」についての法令解釈適用の誤りがあるものといわざるをえない。<以下、省略>

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